取り返しのつかない大失態
先日、私が犯したとんでもない大失態の話です。とある大手塾さんの創立○周年記念謝恩セミナーに招待されました。10月8日(祝)に会場となったホテルに部屋を取り、シャワーを浴びて着替えを済ませ、いざ宴会場へ行くと見知らぬカップルの結婚式をしているではないですか。「はっ」と気付いて部屋に戻り「招待状」を確認すると、何と実際のセミナーは前日の7日(日)の開催だったのです。全身から血の気が引いていくのが分かりました。とりあえず電話を掛け、偶然、休日出勤していたセミナー担当者に事情を話し、平身低頭お詫びをしました。 呆然としてベッドに寝転がっていると、部屋の電話が鳴ります。
「もし、先生が当地に来ていらっしゃるのでしたら、お食事でも一緒にいかがかと代表の○○が申しておりますが…。」
その間、わずか10分のことです。私は驚きました。正直、私の「お詫び」が代表まで届くことはないだろうと覚悟していたのです。伝わったとしても、早くて翌営業日のはずです。それが10分で「セミナー担当者」→「上司」→「代表」と情報が走ったのです。
そして、その代表はご家族との食事の約束をキャンセルしてまで私と夕食をご一緒して下さいました。多分、「このままでは森が大きな負担を感じたまま名古屋に帰ってしまう」と考え、私の負い目を解消しようという配慮が働いたのでしょう。その細やかな心配りと、鮮やかな対応に大いなる驚きと感動を受けたものでした。
必要不可欠な社内ホスピタリティ
それだけでも大手塾の凄みを感じたのですか、実は、その後、それ以上に感動したことがあります。食事の席でお詫びと感謝をあらためて述べ、加えてスタッフの方の対応の素晴らしさに感心した旨を伝えたところ、代表は「いやあ、森先生にそう言ってもらうと嬉しいなあ」と言いながら、携帯電話を取り出し部下に電話を掛けるではありませんか。
「今、森先生と食事をしているのですが、君たちの対応の良さを褒められて嬉しくなって電話をしました。本当にありがとう。これからもよろしく。」
この塾が地域で強烈な支持を長年得ている秘訣を見た思いでした。以前、お話したことのあるホスピタリティ、「おもてなしの心(精神)」がトップから末端の社員まで見事に貫かれています。きっと、塾生や保護者に対しても同様の精神で接しているのでしょう。また、全ての社員が活き活きと前向きに働いている理由も間違いなくココにあります。会社の「居心地の良さ」を社員自らが感じているのです。 先日、本誌でもご活躍の「新経営サービス」コンサルタント、小林由香先生のセミナーに参加してきました。そこで多くの塾が労働問題を抱えている実態を知りました。例えば「時間外に研修をするな。研修をするなら時間外手当を出せ。」という要望が少なからぬ新入社員から出るそうです。「労働者の権利」を考えると実に真っ当な主張です。しかし、私は思います。この社員は、一生自分の時間を切り売りして生きていくのだろうかと。 私にはプロのギタリストをしている古い友人がいます。今でこそ、その分野の第一人者として多くのミュージシャンから引っ張りだこのようですが、若い頃は仕事も金もなく、相当貧しい生活をしていました。しかし、時間だけはあった。一頃はスタジオにこもって、一日18時間ギターを弾いていたそうです。 以前、聞いたことがあります。「そんなにギターばかりの生活で嫌にならなかったのか?」彼は質問の意図が分からないという風情で答えました。「別に。ギターが好きだから。それよりも寝る時間さえ惜しかった。」 「寝る時間さえ惜しい」と言うギタリストと、「時間外手当を出せ」と言う塾人と…どちらが充実した人生を送っているのでしょうか。最近は退職した社員が労働基準局へ駆け込む例が頻発していると聞きますが、少なくとも「寝る時間さえ惜しい」という思いで業務に携わっている社員が労働基準局へ訴えることはないでしょう。そして、そんな社員を一人でも多く作るには、前述の「社内ホスピタリティ」(最近の言葉で言うと社員満足度)が絶対に必要なのです。
(誤解のないように言っておきますが、だからと言って社員の労働条件を改善する必要はない、もしくは過酷な労働条件を糊塗するための手法としておススメすると主張しているわけではありません。)
残念なことですが、中小塾の中にはホスピタリティとは縁遠いところがあります。そんな塾は顧客(保護者・塾生)に対しても配慮に欠けているものです。(社員の定着率も高くありません。)いつも言うことですが、塾は紛れもなくサービス業です。コアの部分(授業)が厳しければ厳しいほど、周辺部分にホスピタリティ(居心地の良さ、おもてなしの心)を充実させる必要があります。そして、それは必ず「形」で示さなければなりません。
仕事柄、多くのホテルや旅館を利用しますが、居心地の良いホテルとそうでないホテルがあります。「はっきりとした理由は定かではないが、何となく」感じた経験が「あなた」にもあるはずです。よ~く観察してみると、それは廊下の突き当たりに掲げてある絵画や、フロントに飾ってある花が原因であったり、ルームメンテナンスの「おばちゃん」が笑顔で声を掛けてくれることが原因だったりします。つまり、小さな一つ一つの積み重ねが大きなホスピタリティを生み出すのです。
ビジネスの社会貢献はボランティアのそれに勝る
「人は具体的な事例を見て抽象的なイメージを持つ」。チラシのキャッチコピーのくだりで説明したことですが、それはホスピタリティにも当てはまります。「神は細部に宿る」のです。当然、細部にこだわるには投資が必要です。委託業者のメンテナンスの「おばちゃん」に「おはようございます。夕べはよく眠れましたか?」と<言わせる>ために、どれほどの教育費が必要かは想像に難くありません。しかし、それは経費ではなく、投資です。間違いなく何倍にもなって返ってくるものです。(この経費と投資の区別をしっかりしましょう。経費の節減は必要ですが、投資の削減は慎重に考えるべきです。) 社内ホスピタリティを確立するまでには多額の投資が必要でしょう。しかし、いったん文化、風土として根付かせることができれば、後は社内継承していくだけです。 もちろん、塾は接客業ではありません。時には厳しい指導も必要です。しかし、最後は笑顔になってもらうことが重要です。志望校に合格して笑顔になってもらうことは当然ですが、万が一、志望校に不合格だったとしても、最後は笑顔になってもらわなければなりません。「不合格者からも紹介が得られる塾」は間違いなく地域に貢献している塾であり、勝ち残る塾です。そのキーワードは「ホスピタリティ」です。 こうした話をすると、「私は子供が好き、教えることが好きで塾を始めた」と言って、周辺努力を拒否する人がいます。しかし、我々はボランティアではなくビジネスとして社会貢献を目指しています。近くの集会場を借りて無料で学習指導をしているわけではありません。(本当にボランティアでされている人の志『こころざし』は尊いと充分認識していますが)ビジネスだからこそ、より高度な学習指導が実現できるのであり、より子供の役に立つモノを提供できるのです。
どうぞ、ビジネスとして成立させ続けるためにも自塾のホスピタリティを見直してください。